ずんだ餡とうぐいす餡の違い。それぞれの名前の由来と意味
「ずんだ餡」と「うぐいす餡」は似ていますが違いがあるのでしょうか。
「うぐいす餡」の名前の由来や「ずんだ餡」の名前の由来も気になりますね。
「ずんだ餅」は、宮城県を中心に岩手県南部・福島県北部及び山形県で伝わっています。
秋田県南部や関東地方の栃木県北西部などにも「ずんだ餅」に似た料理が伝わっています。
「ずんだ餅」は、昔はお盆・お彼岸の時期に米農家などで作られるものでした。
「ずんだ餡」には枝豆を使用するのが一般的ですが、一部にエンドウやインゲン豆を使用したものも販売されているようです。
次に、「ずんだ餡」と「うぐいす餡」の違い・「うぐいす餡」の名前の由来・「ずんだ餡」の名前の由来などの紹介をします。
ずんだ餅
「ずんだ餡」と「うぐいす餡」の違いを分かるために「ずんだ餅」の概要を紹介します。
「ずんだ餅」と「うぐいす餡」の名前の由来は違うようです。
「ずんだ餅」は、すりつぶした枝豆を餡に用いる餅菓子になります。
南東北の特に宮城県を中心にした地域の郷土菓子になります。
「ずんだ餡」の別名には、「じんだ(ん)餅」・「ずんだん餅」・「ぬた餅」などもあります。
栃木県では「ばんだい餅」などと呼ばれているようです。
「ずんだ餡」の名前の由来には諸説あります。
有力な説には「豆打餅説」と「陣太刀餅説」があります。
「甚太餅説」や「ぬた餅説」などもあります。
「豆打餅説」は、製法から採られたもので「ずだもち(づだもち)」が訛ったものとされる説です。
「陣太刀餅説」は、戦の陣内で太刀で豆を切り刻んだことから「じんだちもち」が訛ったものとされる説です。
米農家には「豆打餅説」が伝わっているようです。
「豆打餅説」と「陣太刀餅説」に共通するのは「伊達政宗公が名付けた」とされる点です。
「ずんだ餅」は、「牛タン」・「笹かま」と合わせて「三大仙台名物」の一角になっています。
うぐいす餅
「ずんだ餡」と「うぐいす餡」の違いを分かるために「うぐいす餅」の概要を紹介します。
「うぐいす餡」の名前の由来は、豊臣秀吉が関係しているようです。
1580年代の天正年間の頃に郡山城の城主の豊臣秀長が兄の豊臣秀吉を招く茶会用に「珍菓を造れ」と命じました。
そのとき、御用菓子司であった菊屋治兵衛が餅をつくり献上しました。
豊臣秀吉はその餅を大いに気に入ってこの餅に「鶯餅」と名付けよと菓銘を下賜したそうです。
「うぐいす餅」には「お城の口餅」という通称がつけられています。
菊屋が城の入り口近くに店を構えていることからついた通称のようです。
現在も同じ場所に店が存在しています。
「うぐいす餅」の歴史が豊臣秀吉に繋がっているのは意外でした。
「ずんだ餡」とは違った名前の由来で面白いですね。
ずんだ餅とうぐいす餅の作り方
「ずんだ餡」と「うぐいす餡」の違いは、「うぐいす餡」の名前の由来や「ずんだ餡」の名前の由来の違いだけではありません。
「ずんだ餅」と「うぐいす餅」は作り方も違います。
「ずんだ餅」の餡は、枝豆を茹でて薄皮を剥いて潰してから、砂糖と食塩を混ぜて作ります。
枝豆を材料につくったずんだ餡を餅にまぶして「ずんだ餅」にします。
「うぐいす餅」は、現代ではもち粉から餅を作ってうぐいす粉をまぶすのが一般的となっています。
「うぐいす餅」を天正年間に考案した菊屋では、餅米から餅をついて作り普通の色のきな粉をまぶしています。