福神漬がカレーの脇役で使われる理由。福神漬けの材料、歴史

福神漬(ふくじんづけ)の材料や歴史を知っていますか。

どうしてカレーの添えられる定番の漬物には、福神漬が多いのでしょうか。

福神漬は、非発酵型の漬物になります。

福神漬は、7種の野菜類などが材料になっています。

福神漬の材料には、ダイコン・ナス・ナタマメ(鉈豆)・レンコン・キュウリ・シソの実・シイタケなどの7種類の野菜が使われています。

7種類の下漬けした野菜類を塩抜きして細かく刻んで、醤油・砂糖・みりん、などで作った調味液で漬けたものが福神漬になります。

福神漬は一般的には「ふくじんづけ」と呼ばれますが、「ふくしんづけ」と呼ぶ地方もあります。

 

次に、福神漬の歴史・カレーにはどうして福神漬け?、などの紹介をします。

 

福神漬の歴史

 

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福神漬の由来・歴史には諸説あります。

福神漬の由来・歴史として有力な説は2つあります。

寛文12年(1672年)頃に、現・秋田県湯沢市出身の了翁道覚が考案した漬物を、輪王寺宮がこれを美味とし「福神漬」と命名したとする説です。

もう一つは、明治時代初頭、東京・上野の漬物店「山田屋」(現在の酒悦)の店主・第15代野田清右衛門が開発したとする説です。

野田清右衛門が開発したとする説の概要を紹介します。

野田清右衛門は、明治時代初頭の東京・上野の漬物店「山田屋」(現在の酒悦)の店主です。

経営する店で売り出したところ評判となり、日本全国に広まったとされています。

「福神漬(ふくじんづけ)」の名づけ親は、この漬物を大いに気に入った当時の流行作家「梅亭金鵞」とされています。

福神漬の名称の由来は、

・“ご飯のお供にこの漬物さえあれば他におかずは要らず、食費が抑えられ金が貯まる“という解釈

・7種類の野菜を使用していること

・店が上野不忍池の弁才天近くにあった事のようです。

日暮里の浄光寺に表彰碑が存在しています。

また、「福神漬」の名称が広がる事を願った野田清右衛門は商標登録をしていません。

次に、カレーに福神漬けが添えてある理由を紹介します。

 

カレーの福神漬け

 

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福神漬の由来・歴史とする説はいくつかありますが、漬物店の店主の野田清右衛門が開発して流行作家「梅亭金鵞」が命名したとする説が有力です。

カレーの添え物が福神漬けになったのは大正時代だとされています。

大正時代の1902~1903年頃に、日本郵船の欧州航路客船の一等船客でカレーライスを供する際に添えられたのが最初であると考えられています。

欧州航路客船で好評だった「カレーライス+福神漬」が日本中に広まったと考えられています。

現代の日本では、カレーライスに添えられる定番の漬物になっています。

福神漬が赤くなったのは、インドカレーの添え物であるチャツネに倣ったという説があります。

 

甘口の福神漬

 

福神漬の由来・歴史の有力説は明治時代初頭にあります。

カレーライスに福神漬けが添えられるようになったのは、大正時代の欧州航路の客船の料理からです。

福神漬が甘口になったのは、昭和初期に軍隊で支給された缶詰の福神漬が始まりのようです。

軍隊で支給された缶詰の福神漬は砂糖で甘く味つけされていました。

甘口の福神漬は軍隊内で好評で、甘い福神漬を故郷に持ち帰った将兵により、甘口の福神漬が全国に広まったようです。